AKB48グループの衣装を11年にわたって担当する「オサレカンパニー」のスタッフ5人がとことん語ります! AKB48グループ衣装スタッフ座談会

AKB48の衣装を手がけるオサレカンパニーには、衣装クリエイティブディレクターの茅野しのぶさんを筆頭に、デザイナーやパタンナー、スタイリストなど、ヘアメイク部門なども合わせると80人以上ものスタッフが在籍しています。本サイトでは、オサレカンパニースタッフによる衣装制作秘話とAKB48グループメンバーのエピソードをご紹介します!

インタビュー・文/吉田可奈 写真/松橋晶子

衣装スタッフ紹介

茅野 しのぶ さん

衣装クリエイティブディレクター。AKB48結成時から衣装を担当し、以来、11年にわたりグループ全体の衣装デザインとディレクションを手がけている。親しみやすいキャラクターでメンバーからの信頼も厚く、AKB48グループの名物スタッフとしても知られる。

湊 祐紀子 さん

衣装制作担当。ヘッドドレスやアクセサリーなどの小物作りには定評がある。どんなに大変な現場でも、淡々と冷静に仕事をこなす姿はたくましいとスタッフの評。愛称は「みーちゃん」。

松本 沙也加 さん

スタイリスト。愛称は「まつ」。「まつがいなければコンサートはまわせない」と言われるほど、メンバーへの着付けが上手いスペシャルフィッター。「慌てず、騒がず、でも声は大きく」がモットー。

浅野 実希 さん

デザイナー。秋元 康氏が講師を務めていた京都造形芸術大学出身。学生時代からデビュー当時のAKB48の衣装デザインをし、卒業後、オサレカンパニーに入社したという生え抜きのデザイナー。愛称は「浅野」。

下田 翼 さん

スタイリスト。AKB48の衣装部に約5年所属したのち、現在はスタイリストとして独立し、多方面で活躍中。愛称は「つばちゃん」。

華やかなコンサートを支える衣装スタッフ 苦しかった思い出と感動した思い出は表裏一体華やかなコンサートを支える衣装スタッフ 苦しかった思い出と感動した思い出は表裏一体

──これまで手掛けた中で、一番印象深いのはどの衣装ですか?

茅野さん

浅野は2014年の紅白歌合戦じゃない?

浅野さん

そうですね……、あれは本当に大変でした……。

茅野さん

浅野はそのとき、SKE48の衣装担当をしていたんですが、そのときはSKE48のあとにNMB48が歌い、そのあとに男性アーティストとコラボをするという出演順だったんです。観ている人にSKE48の存在感を印象づけるには、なにか仕掛けが必要だと考えて、1秒で早着替えをすることにしたんですが、口で言うのは簡単でも、実行に移すのは本当に大変で。放送直前のクリスマスまで悩んでいたよね。

浅野さん

悩みましたね~。時間もないし、年末の生放送という大舞台で、失敗は絶対に許されない。そして、着替える時間はたったの1秒。考えに考え抜いた結果、着替えている姿も含めて演出にできればと思い、衣装が一瞬でひっくり返るようなデザインにしたんです。でも、どんなに練習しても、リハーサルでは一度も成功しなかったんですよ。直前まで何度も何度も衣装に修正を加えて迎えた本番は、もう神様に祈るしかありませんでした。

茅野さん

プレッシャーに耐え切れず、NHKホールのトイレで泣いてたよね(笑)。

浅野さん

泣きました~! 人生で一番つらかった日はいつかと聞かれたら、この日を思い出すくらい!(笑) でも、リハーサルでは一度も成功しなかったのに、いざ本番となったら、SKE48のメンバーみんなが華麗にやってのけてくれたんです。その瞬間、衣装スタッフのみんなで「やったー!!!!」と叫んで、抱き合って……。あのとき、人生で一番のハッピーを感じました。

松本さん

私は麻里ちゃん(篠田麻里子)の卒業コンサートの「帰郷」の衣装が思い出深いです。あの曲は気球に乗って歌うという演出だったんですが、そのあとに早着替えがあったんですよ。

──気球って、軌道をちゃんとプログラムできるものなんですか?

松本さん

もちろん、できません(笑)。だって、着地地点が毎回違うんですよ。でも、その次の曲では違う衣装に着替える必要があったので、気球の着地しそうな場所を予想して、次の衣装を持ってスタンバイしていたんです。

茅野さん

でも、スタンバイしていた場所とは全然違う場所に落ちてきたんだよね。

松本さん

そうなんです! これはマズイと思い、ダッシュして衣装を届けに行ったんです。それなのに、気球の安全ベルトに衣装がひっかかってしまって、焦っちゃって……。

──そこまでしてでも、違う衣装で歌うことにこだわっているのはなぜなのでしょうか。

茅野さん

秋元(康)さんは、「作り手側や見せる側が汗をかかないと、人は涙を流さない」と日々おっしゃっているんです。私たちが楽なほうにいけばいくほど、感動が薄まる。だから私たち衣装スタッフも、限界まで力を尽くして取り組んでいます。それに、アイドルというものは、音や歌を楽しむだけでなく、目でも楽しむもの。普段は普通の女の子でも、ひとたびステージに立つと、底知れぬパワーやオーラを感じさせる彼女たちを見ていると、さらに輝かせる衣装を作ってあげたいって思うんですよ。そういえば、つばちゃんは2011年にSHIBUYA-AXで開催したリクエストアワーの最中に倒れてたよね(笑)。

下田さん

倒れた、倒れた! あのとき、「桜の栞」を歌うメンバーは13人の予定だったのに、コンサート会場に10着しか衣装がなかったんですよ。コンサートの直前にそれに気づき、すぐに渋谷から秋葉原までタクシーを飛ばして劇場から衣装を運んだんです。それまでもフルマックスで作業してたから、もう体力が限界で、会場に着いたときにはエネルギーがゼロになってしまって、警備の人に「これを……、しのぶさんに……、渡してください……!」と最後の力を振りしぼって託して、でも、そのあとの記憶がないんですよ(笑)。

茅野さん

私が駆けつけたときには、つばちゃんがコンサート会場の通路で倒れた状態で寝てて(笑)。あの頃はみんなが不眠不休で働いていたから、本当にスタッフみんなの体力は限界だったんですよね。秋葉原の劇場の裏に薄暗い倉庫があって、メンバーは「オバケが出そうでイヤだ」って怖がっていたんですが、私たちにしたら、「オバケがいるなら手伝ってよ!」と思っていたくらい!(笑)

下田さん

あの頃は、しのぶさんと私ともう1人、3人しか衣装スタッフがいなかったしね。

マイペースな小嶋陽菜、早着替えが得意な大島優子と柏木由紀 メンバーに助けられて、ステージが成り立っているマイペースな小嶋陽菜、早着替えが得意な大島優子と柏木由紀 メンバーに助けられて、ステージが成り立っている

──そのあとに、浅野さんと、湊さん、松本さんが入社されたんですね。

茅野さん

はい。その頃、AKB48のコンサート会場の規模もどんどん大きくなっていったんです。あるときのコンサートで、衣装のセッティングミスであっちゃん(前田敦子)をステージに上げることができないというアクシデントがあったんです。いまなら、いろんな技術や柔軟な発想で、ほかの衣装を着せてステージに上げられたとは思うんですが、当時はまだ未熟だったし、なによりも私たち衣装スタッフが人手不足だったんですよね。それをメンバーもわかってくれていたから、誰も私たちを責めなかったんです。でも、あっちゃんが泣いている姿を見て、もうメンバーにこんな想いをさせてはいけないと心に誓い、スタッフを増やし、育てなければ、と思ったんです。

──そして、このオサレカンパニーが会社となったんですね。

茅野さん

はい。おかげでいいスタッフがたくさん入ってくれて、さらにいろんなことができるようになりました。大変なのは変わらないですけどね(笑)。

湊さん

私が印象的だったのは、「ハロウィン・ナイト」です。最初はディスコサウンドと聞いていたので、ディスコ風の衣装を作ろうとしていたんです。そうしたら、ミュージックビデオ撮影の10日前にテーマそのものがハロウィンに変わり、メンバー全員がハロウィンの仮装をするということになって……。

茅野さん

当時は、日本でハロウィンの仮装を楽しむ人は今ほど多くなかった気がするんですが、秋元さんが「絶対にこれから増えるから」とおっしゃって、ハロウィン仮装の衣装になったんです。あとは時間との戦い。全体のテーマを西洋のオバケにしぼって作ることにしたんですが、そのときにはすでに撮影まで1週間を切っていたので、1つの工場ですべての衣装を作ることができなかったんです。なので、複数の工場にパーツごとに作ってもらうことにして。きっと、羽根だけをオーダーされた工場は“なんだこれ”と思いながら作ってくれたんだと思います(笑)。

湊さん

でも、そうやって苦労して作り上げた衣装でミュージックビデオを撮影した数日後に、テレビ収録が入ることになって、さらに衣装をアレンジすることになったんです。

──そのままではダメだったんですか?

湊さん

ミュージックビデオでは、どちらかといえば作品としての世界観が重視されますが、テレビ収録では映りも意識しなくてはいけないから、細かい部分まで作り込む必要があります。しかも、かなり大掛かりなアレンジだったので、日本全国にいるAKB48グループの衣装スタッフみんなに集結してもらって、協力して作り上げました。

──す、すごいですね……。

茅野さん

でも、スタッフが増えたからこそ、結果的にできることが増えたのですごくよかったと思っています。私にとって大変だったのは、やっぱり初期の衣装。衣装スタッフは私1人しかいないし、まだいまほどの人気もなかったから、メンバーと「お互いがんばろうね」って励まし合いながら毎日を必死で過ごしていました。健気にがんばっている彼女たちのためになにかしてあげたいと思っていた一方で、メンバーには、「やりたいことをするためには、売れなくちゃね」って言い聞かせていたんです。「売れたら、みんなが耳を傾けてくれるよ」って。「でも、売れなかったら、誰も聞いてくれないんだよ」って言ったら、あっちゃんが「うわぁぁぁぁん!」って泣き出したりして……。認知されて人気が出るまでは、本当にいろんな意味で大変でした。

下田さん

そういえば、初めての東京ドームコンサートでのマント事件も大変だったよね!?

一同

ギャー!!(笑)

──なにがあったんですか!?

茅野さん

コンサートの数日前に、演出家の方から「出演メンバー300人全員をオープニングで赤くしたい」って言われたんですよ。でも、オープニングの次の曲「PARTYが始まるよ」で着せる衣装が決まっていたので、「PARTYが始まるよ」の衣装を赤くすることはできないわけだから、別でマントをオーダーしたんです。

──「PARTYが始まるよ」の衣装というのはどんなものだったんですか?

茅野さん

1期生が、そのときの東京ドームコンサートを目標に掲げて最初に歌ったのが、この「PARTYが始まるよ」だったんです。私はその当時の進化形の衣装を作りたくて、同じような色の衣装を用意していたんです。その姿で東京ドームのステージに立ったら、デビュー当時から見てくれているファンの人たちは絶対に感動してくれると思ったんですよね。

──それは譲れないですね。

茅野さん

そうなんです。だから、今回は赤いマントで「PARTYが始まるよ」の衣装を隠し、ステージを赤く染め上げようとしたんです。でも、あまりにも急なオーダーだったし、時間がなくて工場さんにも口頭でしか伝えられなかったから、結果として、全身が隠れるマントのはずが、ポンチョのように前身が見えちゃう衣装ができてきてしまったんですよ。これはヤバイと思ったんですが、とっさにマントの前とうしろを逆にして、ついていたフードを首元に折り込み、まるで前掛けのように着させたんです。近くで見ると明らかにおかしいんですが、メンバーみんなが、「全身赤に見えるね!」と言ってくれたんです。「この子たちは天使だ!」と思いましたね(笑)。

──本当に、メンバー、スタッフ、一丸となってステージを作り上げているんですね。

松本さん

私は2012年の東京ドームコンサートで、はるごん(仲川遥香)のチームA衣装のノースリーブシャツを、ほかのメンバーが間違えて着てしまったときにも焦りました。はるごんの衣装がなくて、このままじゃステージに出られないと思った次の瞬間、オープニングで着ていたシャツを見つけて、透けている袖に対応するためにその場で袖をザクザク切ってノースリーブにして着せたんです。「しのぶさんに怒られる……! でも、ステージに出られなくなるよりマシだ!」と思いながら……(笑)。

茅野さん

その光景を見て、「まつは、なにをしているんだ」って思いましたね(笑)。そういえば、テレビの歌番組の収録で「ヘビーローテーション」をデニムの衣装で歌唱することがあったんですが、ある衣装スタッフが着ていたデニムパンツが片方だけ短かったんです。理由を聞いたら、「メンバーの髪飾りが足りなかったので、自分が履いていたデニムパンツを切って作りました」と……(笑)。なにかトラブルが起きても、その場で自分で考えて柔軟に動くことができるというのは、“衣装バカ”のオサレカンパニーの強みだと思っています。

湊さん

あと、コンサートで衣装につけた電飾の接触が悪くて点灯しなかったのも焦りましたよね。

松本さん

メンバーが会場の逆側にいたので、すごい勢いで走って行って電飾の接触を直して、さらにスライディングするかのように元の位置に戻って、別のメンバーの次の早着替えをしたときは、本当に汗だくでした!

湊さん

あとは、にゃんにゃん(小嶋陽菜)がガラスの衣装を割っちゃったこともあったよね。

松本さん

そうそう! そんな事態でもにゃんにゃんは焦る様子もなく、「まつ~、割れちゃった~」って(笑)。私がガラスの破片を拾っていたら、「ごめんね~、ケガしないでね~」って心配してくれて(笑)。

茅野さん

にゃんにゃんは、どんなときでも本当に動じないよね。優子(大島優子)が卒業発表をした紅白歌合戦で、実は、にゃんにゃんだけが早着替えが間に合わなかったんですよ。でも、みんなに遅れて着替えている間に優子が卒業発表をしていたので、終わってから「優子がしゃべってくれたからバレなかった~」って笑っていて(笑)。

松本さん

でも、そんなマイペースな小嶋さんだけど、先日のご自身の卒業コンサートでは一切ミスすることなく完璧にやってのけて。感動しましたね。

茅野さん

本当に感動したね~。早着替えに関しては、優子とゆきりん(柏木由紀)が得意だよね。

湊さん

さっしー(指原莉乃)もすごく上手。いつも冷静だからかな。

茅野さん

ゆきりんのソロコンサートで、りんごの皮むきのようにファスナーではいでいていく衣装があったんですが、あれは彼女だからこそできた演出でした。着替えが大変そうだと思う衣装は、実はいつもゆきりんで試しています(笑)。

下田さん

優子も、小柄でアクティブだから、着替えが本当に早いよね。

茅野さん

優子はなんのためらいもなくポンポンッて脱いで着替えるからね(笑)。大勢のスタッフがいるコンサート会場の通路の途中でスカートが半分ずれ下がっていても、「大丈夫!」って。いやいや、こっちは大丈夫じゃない!って言ったりして(笑)。

──スタッフさんが早着替えやアクシデントに焦ることはないんですか?

茅野さん

いつも焦ってばかりです(笑)。でも、それは一切顔には出しちゃいけないんです。私たちが焦ったら、コンサートの緊張でいまにも泣き出しそうなメンバーたちをさらに緊張させてしまうから。それは絶対にしてはいけないこと。

松本さん

いつでも声だけは大きく出すようにしていますね。どんなに大変な状況でも、「大丈夫だよ!」「いけるよ!」って大きな声を出しているんです。

茅野さん

以前、「リクエストアワー」でとあるメンバーのフィッティングができずに本番を迎えたことがあったんですが、元々本人の衣装だから大丈夫だろうと思っていたら、衣装が体に合わず着られなかったことがあったんです。衣装の縫い代を見たら、ほかのメンバーのサイズ用に詰めた跡があったので、そのメンバーに「着替える前に髪飾りつけてきてね~」って極力冷静に声をかけ、今まで出したことのないスピードで階段を2、3段飛ばしで駆け上がり、ミシンのある部屋まで走ったんです。衣装の詰めていた部分を引き裂き、サイズを変えて縫い合わせ、またすごいスピードで戻り、なにごともなかったようにメンバーに着せてステージに出したことがありました。その間、約1分かな。あれは、いま思うと笑える(笑)。

──もはや神業ですね。

松本さん

コンサートで麻里ちゃんの肩のストラップが足りないこともあったんです。本人もそれに気づいて「大丈夫?」って聞かれたんですが、「大丈夫です!」と言って、ストラップのうしろ部分を切り、ホルターネックに縫ってステージに送り出しました。

茅野さん

麻里ちゃんのかっこいいところは、どんな状況でも、サラッと「ありがと」と言ってステージに出ていけるところなんですよ。

湊さん

西武ドームコンサートも大変でしたよね。

一同

大変だったー!!

茅野さん

「RIVER」と「Beginner」で16人のメンバーが出る予定だったんです。でも、本番当日の朝にメンバーが変更になって、衣装が18着必要になったんです。そのときはもう会場への移動途中だったので、車両の運転手さんに「どこか衣料品が売っているところ、ありませんか!?」と聞き、埼玉県熊谷市のリサイクルショップに飛び込んだんです。そこで「RIVER」で使う黒いフードと似たような洋服を何着か買い、西武ドームに着いてから、ミシンで新たに2着作り、なんとか間に合わせました。

──機転がすごすぎますね……。

茅野さん

スタッフみんな、それぞれがその場その場で瞬時に対応できるように育ってくれているので、ある程度のことはなんとかなるんです。でも、ときおり想像をはるかに超えたトラブルがあるんですよね(笑)。最短は3日で作った「ラッキーセブン」の衣装。これを経験してからは、申し訳なさそうに「納期まで2週間しかないんです……」と依頼されても、「2週間もあるんだったら、全然大丈夫!」と思えるようになりました(笑)。

衣装スタッフが選ぶ「マイ・ベスト・衣装」とは? ファンにとっても、メンバーにとっても、スタッフにとっても「記憶の栞」となっている記念碑的衣装衣装スタッフが選ぶ「マイ・ベスト・衣装」とは? ファンにとっても、メンバーにとっても、スタッフにとっても「記憶の栞」となっている記念碑的衣装

──みなさんがこれまで関わってきたなかで、一番お気に入りの衣装をそれぞれ教えてください。

浅野さん

初めてSKE48が紅白歌合戦に出たときに着た、「パレオはエメラルド」の衣装です。本番前に、松井玲奈ちゃんが、いまにも泣き出しそうな顔で私を呼ぶので、びっくりして駆け寄ったら、鏡の前でくるりと一回転して、「こんな素敵な衣装で紅白に出られるなんて、本当にうれしい!」って言ってくれたんです。そのときは私も全然寝ていなくて追い込まれていたけど、本当にうれしくて涙が出てしまいました。

下田さん

私は、あっちゃんが卒業コンサートで着た白いドレスかな。私は早着替えのときにあっちゃんを担当することが多かったので、その分、思い入れも強かったんです。あっちゃんの卒業ドレスのファスナーを上げたときに、「あっちゃんのファスナーを上げるのは、これで最後なんだ」という想いがこみ上げてきて、とても感慨深かったのを覚えています。

──あのドレスは、本当に印象的でしたよね。

茅野さん

あっちゃんに「アイドルとして、最後にどんな衣装が着たい?」と聞いたら、「しのぶさんが着せたい服を私に着せて」と言ってくれたんです。そこで考えたのは、シンプルで、ラインがきれいで、はかなさを感じられる、純白のドレス。あっちゃんがそのドレスを着た姿は本当に素敵で、光に吸い込まれるようにステージに出て行くときに、「行ってくるね。ありがとう」と言われて、思わず号泣してしまいました。

下田さん

いつかあのドレスをあっちゃん自身の結婚式で着てくれたらうれしいよね。

茅野さん

ほんとだね~。

松本さん

私のお気に入りは、「上からマリコ」の衣装ですね。新入りだった私がAKB48の現場になじめるようになったのは、麻里ちゃんが「まつ」と親密に声をかけてくれたおかげなんです。そんな麻里ちゃんがこの曲でセンターになったとき、私は麻里ちゃんの優しさを返していかなくちゃって思ったんですよ。

湊さん

私はたかみな(高橋みなみ)の「唇にBe My Baby」ですね。たかみなの10年を締めくくるラストシングルの衣装だったので、彼女のトレードマークのリボンは最高のものを作らなくちゃいけないと思ったんです。以前、たかみなのプロデュース公演で、小嶋陽菜さんの生誕祭をサプライズで開いたことがあったんです。でも実は、小嶋さんのほうがたかみなの卒業おめでとうサプライズを仕掛けているという逆ドッキリで……。たかみなに内緒で「お手上げララバイ」をヘッドセットをいきなりつけて歌わせるというものだったんですが、終わったあと楽屋で「なんだよぉ。みんなぁ。知ってたのかよ~」って言って泣き出したんです。泣くほどの怒りなのか!?と思って焦っていたら、「いままでありがとぉ~! いろいろわがまま言ったけどぉ、ありがとぉ~!!」っておいおい泣き出したんですよ。それには本当にびっくりしましたね(笑)。かわいかった。

──最後に、茅野さんがお気に入りの衣装を教えてください。

茅野さん

私は、「言い訳Maybe」です。この『AKB48衣装図鑑 放課後のクローゼット』を作るまで、実はこの衣装が好きじゃなかったんですよ。というのも、この衣装が有名になって、AKB48を象徴するかのような衣装になっていることが、逆にAKB48の衣装の時間をそこで止めてしまっているような気がして嫌だったんです。でも今回、この本で「言い訳Maybe」の衣装を10代を中心とした若いメンバーに着せて撮影したら、当時とはまた違ったよさがあり、これこそアイドルとしての魅力を引き立てる衣装なのかもしれない思えたんです。だから、いまになって、初めてこの衣装のよさを自分でも実感できた気がします。

──この『AKB48衣装図鑑 放課後のクローゼット』を作ることで、改めて自分で作り上げたAKB48の衣装のすばらしさに気づいたんですね。

茅野さん

そうなんだと思います。もちろん、どの衣装もすごく思い入れがあるんですが、若いメンバーたちが着た「言い訳Maybe」の衣装を見て、改めて原点に戻れた気がしているんです。

──『AKB48衣装図鑑 放課後のクローゼット』では、宮脇咲良さんが「ポニーテールとシュシュ」の衣装を着ている表紙がすごく印象的ですよね。

茅野さん

実は当初、咲良の撮影は予定されていなかったんですが、まだ「ポニーテールとシュシュ」の衣装を誰にも着せていなかったことに気づいて、咲良での撮影を決行したんです。結果、すごく強い写真になったので、表紙にも採用して。そのほかのメンバーのグラビアも、これまでのAKB48ではなかったようなシチュエーションで、いままでにないような表情を見ることができるので、ぜひ衣装と一緒に楽しんでもらいたいですね。